リーマン・ショック以降、世界経済は底を脱して持ち直しの兆しを見せて来ているが、まだまだ不安定要素が多い。ブロックごとに経済圏が分かれていたときには、ある経済ブロックが不況に陥ったとしても、通貨の為替レートを下げる事によって他の経済ブロックに対して輸出競争力が増し、経済復帰のトリガーとすることができた。ところが、現在陥っているような、すべての経済圏を巻き込んだ世界的不況ともいうような状況下にあっては、すべての国家が自国通貨のレートを下げようとし、あたかも通貨切下げ競争のような呈を示している。
資本主義経済を標榜する限りにおいては、好不況の波は必ず生じる。それは資本主義という仕組みが構造的に持つ性質であり、避ける事は出来ない。不況が進み、どうしようもなくなったときに恐慌が起こることによって産業のパラダイムシフトが起こる。今はどの国もが瀕死の状態にあり、神の見えざる手に任せていれば確実に死ぬ(恐慌に陥る)ところを、じゃぶじゃぶと大量に輸血(公的資金投入)をする事で無理に生きながらえさせている状況といえる。
既に、資本は国家の枠を超えてしまっており、国家の存続と資本の存続とは切り離されてしまっている。その結果、資本は自らを守り増殖していくためには、時に国家に不利益をもたらす事も行い、ハゲタカのように瀕死の状態にある国家に対して牙を剥いて襲い掛かることすらある。
2010年09月29日
2012年、世界恐慌 ソブリン・リスクの先を読む(朝日新書)
2010年09月27日
一億総ガキ社会 「成熟拒否」という病(光文社新書)
本来であれば子供が自分で直面し、解決しなければならないような問題さえも親が先回りして排除して育てた結果、子供は物事がうまくいかない、という経験をすることなく育つ。その挙句に、たいした能力も持ち合わせていないうえに努力をすることもなく、根拠のない自信のみを肥大化させて「他人とは違うなにか」を自分は持っているはずだと思い込んでしまう。まさに典型的なダメ人間の出来上がり。自分の能力を磨く努力もせず、ただいたずらに自己愛のみを肥大させた人間が増えてきているように思う。
社会に出る前に進学で失敗し、恋愛に敗れ、人間関係に翻弄される、というのはごく当たり前の事であるが、それらの経験が全くない人間がどれほど増えてきていることか。もちろん、これらの障害をすべて避けている人もいるが、それらの人はまず間違いなくほかの人よりも多くの努力をしている。なにもしないでいると失敗するのは当たり前のことで、挫折と云うのは努力をした人間にしか味わう事のできない特権であり、そこから立ち直って行くことで打たれ強い人間へと成長していく。努力もせずになんの根拠もなく持ち合わせる万能感から脱却し、自分の能力を見つめなおして限界を知ることこそが、人として成長していくことの基本である。
2010年09月17日
子供の「脳」は肌にある(光文社新書)
簡単に要約すると、乳幼児期におけるスキンシップがその後の人格形成にどれだけ大きな影響を及ぼしているのか、ということを解説している。社会性を持つ生物である人間は他人とのコミュニケーションなしに完全に孤立して生きて行く事は無理である。そのコミュニケーション手段の最もベーシックなもののひとつとして、肌でのふれあいがある。乳幼児は他者とふれあう事を通じて自己の存在を知り、自分というひとつの独立した「個」を確立していく。本書で触れられているが、くすぐるという行為はただ単に肉体的に刺激を与えれば誰でも同様にくすぐったさを感じるというものではない。実際に、自分の手で自分をくすぐってみたとしても、対してなにも感じる事はない。これはつまり、他者と自分の接触を通じてコミュニケーションを取るという過程を経て初めてくすぐったいという感覚を得るという事である。体表をほぼすべて覆っている皮膚という感覚器にを通して得られる情報が人格形成に多大な影響を及ぼすとしてもなんら不思議な事ではない。
バッタの大群が飛来して農作物をすべて食い尽くしてしまう、ということが海外では時々発生している。このバッタは通常はトノサマバッタの類で緑色をしているが、集団を成して群れが拡大するに連れて茶色に変わり、飛ぶ力が強くなり顎の筋肉も強化される。これは多数のバッタが群れを作り、あるエリア内で頻繁に仲間たちとの接触を繰り返す事によって体表が刺激され、それによって特殊なホルモンが分泌されることが原因とされている。
スキンシップが大事である、というのは乳幼児に限った事ではなく、成人にとっても精神を安定される働きを持つ重要な行為である。しかし、実際には結婚した夫婦が年齢を重ねてもスキンシップをとっているというのはむしろ珍しい部類ではないだろうか。特に、女性の方が夫に触られるのを嫌がるというケースが多いように思われる。男性にしても、年々と老化して醜くなっていくだけの嫁さんに触ろうとも思わない人が多いと思うけれど。
家に帰って子供が膝に乗ってきたり、抱っこしたりおんぶしたりしていると、それだけで自分もとても穏やかな安らいだ気持ちになることができる。仕事を終えて家に帰って、膝の上に嫁さんが座ってきたらと思うと…
2010年09月14日
二酸化炭素温暖化説の崩壊(集英社新書)
簡単に書いてしまうと、以上のような事がIPCCによって提唱されている。各国の政府はその提言に基づき、二酸化炭素排出抑制策を打ち出そうとしており、中でも日本は率先して抑制策を推進しようとしている。
ほとんどの人が無条件に二酸化炭素犯人説を信用しているが、実際は既にその偽りのレトリックが暴かれており、まっとうな科学者で二酸化炭素犯人説を信用している人はほとんどいないらしい。それ以前に、地球が温暖化しているというデータ自体が全くのデタラメであり、IPCCは故意に捻じ曲げたデータをあたかも真実のように見せようとしていた。まさに地球規模の犯罪行為であり、ノーベル平和賞どころか、科学者としてと球状から抹殺されてしかるべき存在である。そもそもIPCCは科学者集団ですらないが。
日本においては、自ら事実の裏付けをとることもしないNHKが政府に阿った温暖化キャンペーンを展開し、さかんに温暖化の危機を訴える偏向報道を続けている。国賊の鳩山を中心とした民主党が率先して推し進めている二酸化炭素抑制策はなんの意味も持たないばかりか、経済的には大きなマイナス要因となり日本の国力を削ぐだけの愚かしい施策でしかない。
2010年09月09日
2020年、日本が破綻する日(日経プレミアシリーズ)
巨額な財政赤字を抱える日本政府の現状について、正常な姿だと思う人はほとんどいないだろう。ギリシア政府とは違い、日本の場合は発行された国債のほとんどが日本国内で消費されているため、対外的な債務によって危機的な状況に陥る可能性は低いと考える人もいるが、膨大な赤字国債は未来の子孫に借金を負わせていることにかわりはない。このままでは2020年を待たずして、資産を借金が上回る赤字国家になってしまう。企業であれば資本金を食いつぶし、倒産するという状況である。
そういった財務的危機的状況に日本が置かれている上に、日本を取り巻く環境は急激に悪化しており、急速に斜陽化に向けて転落している。今すぐ手を打たないと、日本はエントロピーが極大化したような静かな死が蔓延した国になってしまう。ところが、そのような状況にあるにも関わらず、日本政府の無為無策はどういうことだろうか。そもそも菅なんていう市民運動家あがりの政治屋風情は一国の首相になるような器ではなく、せいぜい村会議員レベルでしかない。外交がわからない、国家防衛の知識がない、経済音痴、とくればもうどうしようもない。一方の小沢もなにひとつ具体的な戦略を持たず、中韓に媚びて日本人の誇りを投げ捨てるような国賊でしかない。将来の日本を決定する分水嶺ともいえるこの時期に、そんな低劣な2人の党首選挙をやって国政をマヒさせている民主党とはいったいなんなのか。すべてにおいて自民党政治が正しかったというわけではないが、民主党のような無能で愚劣な国賊集団を与党に選んでしまう国民の常識が疑われる。民主党のような愚劣集団を選挙で選ぶような国家は衰退しても仕方がない。
2010年08月31日
思考の飛躍 アインシュタインの頭脳(新潮選書)
1927年の10月にブリュッセルで開催された第5回ソルヴェイ会議は「電子と光子」をテーマとしており、そこには当代第1級の名だたる物理学者たちが集まっていた。アインシュタイン、ローレンツ、ボーア、ボルン、ド・ブロイ、ハイゼンベルグ、シュレディンガー、キュリー夫人等。まさに、少しでも物理に関心のある人であれば知らない名前はないという物理学界のオールスターといった顔ぶれ。リアルタイムで見たかった。
2010年08月19日
瀬戸浜@南房総市千倉町
いつも釣りに来る瀬戸浜は遊泳禁止になっており、海水浴シーズンでもほとんど人がいない。中にはキャンプに来て泳いでいる人やサーフィンをしに来る人たちもいるけれど、長い海岸線にごくまばらに存在するだけで投げ釣りの邪魔にはならない。
8月16日は朝8時頃から釣り開始。快晴で風も弱く、波も穏やか。お盆明けの月曜日という事もあってか、ひとりも泳いでいる人はなく、広い海岸を貸しきり状態。数年前に沖に防波用テトラポットが改訂に設置されたため、せいぜい飛ばしても5色まで。さっそく仕掛けを準備して置きに向かって投げる。糸はPE1.0号。4本針仕掛けにジャリメをつけてゆるゆるとさびいていると、さっそく3-4色付近でビビッとキス特有のアタリ。リールの巻き速度をさらに遅くすると、再度コツンといったアタリがきて竿先が引っ張られる。3色から2色に替わるあたりで巻き速度をやや上げると1-2色付近でゴツンというアタリ。どうもキスのあたりではなくクサフグっぽい。ビンビンと来る手ごたえを感じながら波打ち際まで巻くと、上がってきたのはキス×2とクサフグ×2の計4尾。キスはいずれも20cmほどの良型。
2010年08月11日
運は数学にまかせなさい(ハヤカワ文庫NF)
ギャンブルから世論調査まで、社会活動の多くは確率と統計による分析の上に立脚している。多くの人はその事実を理解しているが、内容については感覚的に捉えているに過ぎない。例えば、エンジニアなどがデータ解析を行う際に、果たしてその結果が持つ意味は偶然ではなく有意であるのかどうか、という判断をするために用いる有意性は95%とされる事が多い。つまり、ある結果については5%以下で判断が間違っている可能性がある、という事になるわけだが、実はこの5%という数字は明確な根拠があって決定されたものではないらしい。5%にしておけば実用上の問題はないだろう、という程度のことで決められたようだ。
同じくエンジニアがよく使う最小二乗法は、Aという事象とBという事象の間にどれだけの相関関係があるのか、ということを計る方法のひとつである。ここでの問題は、相関関係がそのまま因果関係を表わしているわけではない、ということである。ともすると、このことは忘れられ、場合によっては意図的に無視されていることが多い。Aという事象とBという事象の間に仮に100%の相関関係があったとしても、それがすなわちAが原因でBがその結果(またはBが原因でAがその結果)であるとは言えない。
2010年08月06日
アップルVS.グーグル(ソフトバンク新書)
これまでは異なる戦略を取りながらも協調を続け、新たな市場拡大に向けて共に歩んできた両社が、スマートフォンの市場では遂に正面から激突することになった。両社の戦略立案以前に、両社の哲学を曲げないためにはここでの衝突は必然であり、避けられるものではない。しかし、それでも両社はお互いの存在が必要であることの理由が説明されている。
今後もネットワークを中心に多くの産業が発展して行く事は間違いないと思われるが、果たしてそこで日本企業がプレゼンスを築くことができるのであろうか。20世紀を代表する産業であるエレクトロニクスと自動車という分野では日本企業が栄華を極めたといえる。21世紀にも日本企業が世界で活躍できるという保証はどこにもない。むしろ、今のままでは活躍できる企業が現れるとは思えないような悲観的な状況に陥ってきているように思える。
なかなか面白い本でした。
2010年07月30日
ガロアの群論(講談社)
5次以上の高次方程式の代数学的解法を研究するにあたり、解と係数の関係に着目して理論構築を進めていくことで「群」という概念に到達している。驚くべきことに、ガロアは14歳になって数学に興味を持ち、独力で数学の勉強を進めて17歳にして「群論」の基本概念を構築している。日本でいえば、ある中学1,2年生が数学に興味を持ち、高校に入ってわずか1,2年で世界中の誰もが到達し得ていない高みにまで到達した、ということになる。
本書ではガロアの伝記ではないので、ほとんどガロアの生活や人となりには触れられておらず、「群論」の解説に終始している。内容は決して簡単とは言えず、じっくりと読み進めないとなかなか理解は難しい。が、高校生でも腰を据えて読めば理解できない事もないと思う。
純粋数学のひとつの分野として始まった「群論」であるが、今では自然界のルールを見極めるひとつの有力なツールとなり、物理学の世界でもあらたな発展を見せている。実生活上、「群論」という理論とは全く無関係であってもなんの問題も生じることはないが、自然科学の世界での宝刀ともいえる理論の一端に触れることは優れた芸術品を鑑賞することと同じように、文化的な心の豊かさをもたらすものである。